徳川家康の生涯
三河国岡崎城主・松平広忠の嫡男。幼名は竹千代。6歳で今川家の人質となり、駿府で少年時代を過ごす。1560年の桶狭間の戦い後、今川家から独立し岡崎城を奪還。1562年に織田信長と清洲同盟を結び、東の防壁として信長の天下統一事業を支えた。
三方ヶ原の戦い(1573年)では武田信玄に大敗し、生涯最大の屈辱を味わう。この敗戦の教訓を忘れないため「顰像(しかみ像)」を描かせたとも伝わる。信長の死後は甲斐・信濃を獲得し、秀吉とは小牧・長久手で戦った後に臣従。
秀吉の死後、1600年の関ヶ原の戦いで石田三成率いる西軍を破り天下を掌握。1603年に征夷大将軍に任じられ江戸幕府を開く。1614〜15年の大坂の陣で豊臣家を滅ぼし、約260年続く太平の世の礎を築いた。

徳川家康




