戦国時代 勢力図の変遷 — 動く地図と年表で見る戦国史
スライダーを動かすと地図の勢力が徐々に塗り替わり、その年に起きた合戦が浮かび上がります。桶狭間の戦い(1560年)から大坂の陣(1615年)まで、各地方の支配勢力が実際の年代で移り変わる様子を地図と年表で体感できます。地図の地方や年表の合戦をクリックすると、詳しい解説ページへ移動します。
都道府県をもとにした簡略図(全国を9地方に束ね、各年の優勢勢力で着色。地方をクリックで絞り込み)
各地に大名が並び立つ時代。東海の今川義元、畿内の三好長慶、関東の北条、甲斐の武田、越後の上杉、中国の毛利、九州の大友らが覇を競っていた。この年、桶狭間で織田信長が今川義元を討ち取り、時代が大きく動き始める。
この年の出来事
これまでの合戦
※ この地図は戦国時代の勢力の移り変わりを直感的に掴むための簡略図です。実際の都道府県の形をもとに全国を9つの地方に束ね、各地方をその年に最も優勢だった勢力の色で塗っています(北海道・沖縄は当時の主戦場外のため省略)。実際の国境や支配範囲は国ごとに複雑に入り組んでおり、県境や塗り替えの年代を厳密に表したものではありません。より詳しくは各勢力・各合戦のページをご覧ください。
7つの転換点で見る勢力の移り変わり
1560年 群雄割拠 桶狭間の戦い →
各地に大名が並び立つ時代。東海の今川義元、畿内の三好長慶、関東の北条、甲斐の武田、越後の上杉、中国の毛利、九州の大友らが覇を競っていた。この年、桶狭間で織田信長が今川義元を討ち取り、時代が大きく動き始める。
1570年 信長の台頭 姉川の戦い →
上洛を果たした織田信長が畿内を掌握。没落した今川氏に代わり、東海は織田・徳川の勢力圏となる。武田・上杉・北条・毛利は依然として大勢力を保ち、信長包囲網が形づくられていく。
1575年 織田包囲網の攻防 長篠の戦い →
長篠の戦いで織田・徳川連合軍が武田勝頼を破り、最強と謳われた武田の勢いに陰りが差す。四国では長宗我部元親が土佐統一を経て阿波へ勢力を広げ始める。
1582年 織田政権の絶頂と崩壊 本能寺の変 →
武田氏が滅び、織田信長の版図は最大に達する。だが本能寺の変で信長が斃れ、天下は再び流動化する。九州では島津、四国では長宗我部が急速に勢力を拡大していた。
1590年 秀吉の天下統一 小田原征伐 →
羽柴(豊臣)秀吉が小田原の北条氏を滅ぼし、天下統一を達成。徳川家康は関東へ移封され、伊達政宗は奥州の雄として臣従。全国が豊臣政権のもとに束ねられた。
1600年 天下分け目 関ヶ原の戦い →
秀吉の死後、徳川家康率いる東軍と石田三成らの西軍が関ヶ原で激突。東軍が勝利し、徳川氏の覇権が事実上確立する。
1615年 徳川の天下 大坂の陣 →
大坂の陣で豊臣家が滅亡。応仁の乱以来およそ150年続いた戦国の争乱が終わり、徳川による泰平の世(江戸時代)が始まる。
合戦44件を時代別に
〜1560年 群雄割拠
1561〜1570年 信長の台頭
1576〜1582年 織田政権の絶頂と崩壊
1583〜1590年 秀吉の天下統一
1591〜1600年 関ヶ原へ
1601〜1615年 徳川の天下
- 1614年大坂の陣徳川軍の勝利、豊臣家滅亡