名古屋城

築城開始 1610年(慶長15年)

城名名古屋城
所在地尾張国愛知郡(現・愛知県名古屋市中区本丸)
築城1610年(慶長15年)~1612年(慶長17年)、徳川家康の命による天下普請
主な城主徳川家康(築城)/徳川義直(初代尾張藩主)
現状天守は1945年の空襲で焼失。現在はコンクリート造で再建(本丸御殿は木造復元)

名古屋城とは

名古屋城は尾張国(現在の愛知県名古屋市中区)に築かれた近世城郭である。慶長15年(1610年)、徳川家康は豊臣方への備えと東海道の要衝確保を目的に、西国の外様大名20家を動員する「天下普請」によって築城を命じた。石垣普請は大名ごとに担当区域(丁場)が割り振られ、中でも天守台石垣という最も高度な技術を要する箇所は、築城の名手として知られた加藤清正が担当し、短期間で見事な石垣を積み上げたと伝わる。

慶長17年(1612年)に天守が完成し、名古屋城は家康の九男・徳川義直の居城として、以後尾張徳川家62万石の政庁となった。同じ城でも、家康は「築城を命じた主」、加藤清正は「築城工事を担った武将」というまったく異なる立場で関わっており、両者の関係を混同しないことが重要である。天守は昭和20年(1945年)の名古屋空襲で本丸御殿とともに焼失したが、現在は再建天守と復元された本丸御殿により、往時の姿を伝えている。

1610年(閏2月) 徳川家康の命により天下普請で名古屋城の築城が開始される
1610年6月 天守台石垣の普請が始まり、加藤清正が最難関の天守台石垣を担当する
1612年 天守が完成する
1616年 家康の九男・徳川義直が入城し、尾張徳川家の居城となる
1945年 名古屋空襲により天守・本丸御殿が焼失する
1959年 天守が鉄筋コンクリート造で再建される
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ゆかりの武将

築城を命じた人物

天下普請の総指揮として築城を命じた立場

築城工事に参加した人物

天下普請の一環として天守台石垣の普請を担当した立場で、家康とは異なる役割

家康の居城を辿る

岡崎城 浜松城 駿府城 江戸城 名古屋城

よくある質問

Q. 名古屋城とは?

徳川家康が1610年に天下普請で築かせた尾張の巨城で、以後尾張徳川家62万石の居城となった。

Q. 名古屋城と加藤清正の関係は?

清正は天下普請に動員された大名の一人として、最も難工事とされた天守台石垣の普請を担当した。家康が築城を命じた主であるのに対し、清正は工事を担った武将という立場である。

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