漫画・ポプラ社(コミック版 日本の歴史 8)
歴史を変えた日本の合戦 長篠・設楽原の合戦
加来耕三(企画・構成)・すぎたとおる(原作)・中島健志(作画)・馬場高夫(監修)
長篠城に
天正3年5月21日(1575年6月29日)|三河・長篠〜設楽原


天正3年5月21日
長篠の
織田信長・徳川家康 対 武田勝頼
天正3年(1575)5月、武田勝頼は大軍を率いて三河に入り、長篠城を囲んだ。長篠城は寒狭川と宇連川が合わさる崖の上の城で、前の年に徳川方についた奥平信昌が、わずかな兵で守っていた。
勝頼は医王寺の裏山に本陣を置き、城の周りの山々に砦を築いて囲んだ。城の南、宇連川の対岸の鳶ヶ巣山にも砦を置いた。
諸説・分かっていないこと
参考にした資料: 『信長公記』巻八(同時代の記録)・『三河物語』(後世の編纂物)
関連ページ: 武田勝頼
兵糧が尽きかけた14日の夜、城の兵・鳥居強右衛門が囲みを抜け出し、岡崎城の家康のもとへ援軍を求めて走った。
援軍が出ると聞いた強右衛門は、知らせを持って城へ戻る途中で武田方に捕らえられた。「援軍は来ない」と城に告げるよう迫られたが、城に向かって「援軍は来る」と叫び、磔にされたと伝わる。
諸説・分かっていないこと
参考にした資料: 『三河物語』(後世の編纂物)・『信長公記』巻八(同時代の記録)
20日の夜、信長の命で、酒井忠次が率いる別働隊(徳川の兵に織田の鉄砲隊などを加えた約4千)が豊川を渡り、南の山を越えて回り込んだ。
21日の夜明け、別働隊は鳶ヶ巣山砦などを背後から攻め落とした。長篠城の囲みは解け、設楽原の武田軍は退く道を脅かされた。
諸説・分かっていないこと
参考にした資料: 『信長公記』巻八(同時代の記録)
関連ページ: 酒井忠次
21日の朝、武田軍は連吾川を越えて柵に攻めかかった。連合軍は柵の内側から鉄砲を撃ちかけ、攻めては退く武田の部隊を迎え撃った。
戦いは昼過ぎまで続いた。『信長公記』は、武田の部隊が入れ替わり立ち替わり攻めかかったと書く。
諸説・分かっていないこと
参考にした資料: 『信長公記』巻八(同時代の記録)・小瀬甫庵『信長記』(甫庵信長記)(後世の編纂物)・現代の研究(鉄砲の数・撃ち方など)(現代の研究)
関連ページ: 長篠の戦い
長篠の戦いのあと、徳川家康は遠江の城を取り戻していき、武田の力は衰えた。
天正10年(1582)3月、織田・徳川の軍勢が甲斐に攻め入り、武田氏は滅んだ。その 3 か月後、本能寺の変が起きる。
参考にした資料: 『信長公記』巻八(同時代の記録)
関連ページ: 本能寺の変
同時代の記録(事件のころに書かれたもの)と、後世の編纂物(江戸時代以降にまとめられたもの)を区別して示す。後世の編纂物だけに見える話は、本文で「伝わる」「とされる」と書いた。
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加来耕三(企画・構成)・すぎたとおる(原作)・中島健志(作画)・馬場高夫(監修)
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