NORTHERN ROOTS / BUYEO

扶余プヨ

三国時代より前から北方に存在し、高句麗と百済の建国伝承へ大きな影響を残した国家。

この図鑑での位置づけ扶余は「三国」の一国ではありません。高句麗・百済の前史と建国伝承を理解するための周辺国家として扱います。

QUICK FACTS

扶余を知る要点

おおよその存続
前2世紀頃〜494年
中心地域
北満州・松花江流域
国家の特徴
平野と農耕を基盤に成長
三国との関係
高句麗・百済の建国伝承へ

BEFORE THE THREE KINGDOMS

どんな国家だったか

北方平野の初期国家

扶余は現在の中国東北部、松花江流域を中心に発展したと考えられています。農耕と牧畜に適した平野を基盤とし、早い時期から中国側の史書に存在が記されました。

王と諸勢力の連合

王のもとに、馬加・牛加・猪加・狗加など家畜名を持つ有力者がいたと伝わります。中央の王権と地域勢力が結びつく政治構造を考える手がかりです。

迎鼓と共同体

迎鼓と呼ばれる祭天行事が知られています。祭祀は宗教行事だけでなく、人々が集まり、国家や共同体のまとまりを確かめる機会でもありました。

高句麗へ受け継がれる記憶

高句麗と百済は建国伝承のなかで扶余とのつながりを語りました。ただし、伝承上の系譜と考古学的な集団の移動をそのまま同一視することはできません。

DRAMA TO HISTORY

『朱蒙』を見る前に知りたい扶余

ドラマでは扶余が朱蒙の成長と王位争いの舞台になり、金蛙・大素・柳花との関係が長く描かれます。一方、史料で確認できる扶余の歴史と、後世の高句麗建国伝承に現れる人物関係は分けて読む必要があります。

01扶余は高句麗より前から存在した

朱蒙の物語だけで始まる国ではなく、独自の長い歴史を持ちます。

02北扶余・東扶余の呼称に注意

史書や伝承によって名称と位置づけが異なり、単純な一つの国として整理できません。

03人物関係は物語として読む

ドラマの愛情・対立・後継争いには、作品独自に広げられた部分があります。

FROM BUYEO TO GOGURYEOドラマ『朱蒙』の
作品ページへ

予告編、主要人物、キャスト、次に見る作品をまとめています。

FLOW OF TIME

扶余から高句麗へ

前2世紀頃
北方国家として成長

北満州の平野を基盤とする国家として、中国側の史書にも存在が記されます。

建国伝承
朱蒙が南へ向かう

扶余から南下した集団と卒本の在地勢力が結びつき、高句麗が形成されたと語られます。

494
高句麗へ帰属

扶余王が国を挙げて高句麗へ降ったと『三国史記』に記されています。

主な参照先

扶余の存続時期・社会・変遷は韓国民族文化大百科事典「扶余」↗、建国伝承と高句麗との関係は韓国史データベース「扶余の起源と成立」↗を参照してください。