SILLA

新羅

慶州を中心に力を蓄え、唐との連携を経て三国統一を主導した国家。

新羅を知る要点

おおよその存続
紀元前57年〜935年
金城(慶州)
位置
半島東南部

どんな国家だったか

東南部からの成長

新羅は慶州を中心に成長しました。初期には三国のなかで後発でしたが、王権と貴族秩序を整え、6世紀以降に勢力を大きく伸ばします。

骨品制と貴族政治

新羅の政治・社会を理解する鍵の一つが骨品制です。身分秩序は官位や婚姻、政治参加に関わり、王権と有力貴族の関係にも影響しました。

伽耶と漢江流域

新羅は伽耶を併合し、漢江流域をめぐって百済と対立しました。地図上の位置関係を押さえると、これらの動きの意味が見えやすくなります。

唐との連携と統一

7世紀、新羅は唐と連携して百済・高句麗を倒します。その後は唐とも対立し、半島南部で独自の支配を確立していきました。

新羅の代表人物

真興王を想像して描いた歴史イメージ

真興王

在位 540–576年

領域を拡大し、新羅が強国へ向かう基盤を築いた王です。伽耶・漢江流域をめぐる動きを知る入口になります。

善徳女王を想像して描いた歴史イメージ

善徳女王

在位 632–647年

対外圧力が高まる時代に新羅を率いた最初の女王です。政治史だけでなく、都城と仏教文化の面からも注目されます。

金庾信を想像して描いた歴史イメージ

金庾信

595–673年

新羅の統一戦争を支えた将軍として知られます。国家間の戦争と有力氏族の関係を考えるうえでも重要な人物です。

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時代の流れ

562
大伽耶を併合

新羅が南部の勢力関係を大きく変えます。

660
百済滅亡

唐と連携し、百済を倒します。

668
高句麗滅亡

三国の政治地図が大きく変わる転機です。