上田城とは
上田城は、1583年に真田昌幸が築いた城です。1585年の第一次上田合戦、1600年の第二次上田合戦の2度にわたり、寡兵ながら徳川の大軍を撃退したことで「難攻不落」の名声を得ました。特に第二次上田合戦では、関ヶ原本戦へ向かう徳川秀忠の大軍をこの城で足止めし、秀忠を本戦に遅参させたことで広く知られています。ただし関ヶ原後の1600〜1601年、この城は徳川方により堀を埋められ破却されており、1622年に信之が松代へ移封されるまでの間は破却後の状態で真田領の統治拠点とされていました。
築城 1583年
| 城名 | 上田城 |
|---|---|
| 所在地 | 信濃国・上田(現・長野県上田市) |
| 築城 | 1583年、真田昌幸が築城 |
| 主な城主 | 真田昌幸 → 真田信之 |
| 現状 | 関ヶ原後の1600〜1601年に徳川方により破却。1626年、仙石忠政が再建に着手するも未完成のまま没す |
上田城は、1583年に真田昌幸が築いた城です。1585年の第一次上田合戦、1600年の第二次上田合戦の2度にわたり、寡兵ながら徳川の大軍を撃退したことで「難攻不落」の名声を得ました。特に第二次上田合戦では、関ヶ原本戦へ向かう徳川秀忠の大軍をこの城で足止めし、秀忠を本戦に遅参させたことで広く知られています。ただし関ヶ原後の1600〜1601年、この城は徳川方により堀を埋められ破却されており、1622年に信之が松代へ移封されるまでの間は破却後の状態で真田領の統治拠点とされていました。
居城とした人物とは異なり、攻め手として関わった武将です。関係の種類が異なるため区別して表示しています。
1585年・1600年の2度、寡兵の真田軍が大軍の徳川軍を撃退したためです。特に1600年の第二次上田合戦では、関ヶ原本戦へ向かう徳川秀忠の大軍をこの城で足止めし、本戦に遅参させました。