姫路城とは
姫路城は、もともと播磨の国衆・小寺氏の家老であった黒田官兵衛の居城でした。1580年、中国攻めの拠点として羽柴秀吉に献上され、秀吉は三層の天守を築いて改修しました。現在見られる白亜の大天守は、後の城主・池田輝政による大改修(1601〜1609年)の姿です。
秀吉による改修 1580年
| 城名 | 姫路城(別名: 白鷺城) |
|---|---|
| 所在地 | 播磨国・姫路(現・兵庫県姫路市) |
| 秀吉との関わり | 1580年、黒田官兵衛から献上され改修 |
| 主な城主 | 黒田官兵衛(提供) → 豊臣秀吉(改修) → 池田輝政(大改修) |
| 現状 | 現存(国宝・世界遺産) |
姫路城は、もともと播磨の国衆・小寺氏の家老であった黒田官兵衛の居城でした。1580年、中国攻めの拠点として羽柴秀吉に献上され、秀吉は三層の天守を築いて改修しました。現在見られる白亜の大天守は、後の城主・池田輝政による大改修(1601〜1609年)の姿です。
関ヶ原の戦い後、1601年から1609年にかけて姫路城を大改修し、現存する連立式天守を築いた。
築城ではなく、黒田官兵衛から献上を受けて改修した城です。現在の姿は後の池田輝政による大改修によるものです。