長浜城とは
長浜城は、1573年(天正元年)、浅井氏を滅ぼした功により近江国北部を与えられた羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が、初めて一国一城の主として築いた城です。琵琶湖の水運を活かした経済拠点として、秀吉の出世の足がかりとなりました。
築城 1573年頃
| 城名 | 長浜城 |
|---|---|
| 所在地 | 近江国・長浜(現・滋賀県長浜市) |
| 築城 | 1573年、羽柴秀吉が築城 |
| 主な城主 | 豊臣秀吉 |
| 現状 | 江戸初期に廃城、天守は模擬復元(長浜城歴史博物館) |
長浜城は、1573年(天正元年)、浅井氏を滅ぼした功により近江国北部を与えられた羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が、初めて一国一城の主として築いた城です。琵琶湖の水運を活かした経済拠点として、秀吉の出世の足がかりとなりました。
清洲会議の結果、柴田勝豊は柴田勝家の養嗣子として近江・長浜城主となったが、同じ天正10年(1582年)12月、大谷吉継の調略を受けて秀吉方に寝返り、長浜城を明け渡した。その後は病を患い在京療養しており、翌天正11年の賤ヶ岳合戦には参陣していない。
1573年、羽柴秀吉が浅井氏旧領を与えられ初めて城持ち大名として築いた城です。