玉縄城とは
玉縄城は相模国、現在の神奈川県鎌倉市に築かれた城で、北条早雲が三浦半島を拠点とする三浦氏攻略のため1512年(永正9年)頃に築いたと伝わる。小田原城の東方を守る要衝として位置づけられ、以後代々北条一族の近親者が城主を務めた。
北条氏康の時代には、氏康の妹婿にあたる猛将・北条綱成が城主を務め、玉縄衆を率いて各地を転戦した。綱成以後も氏繁・氏舜・氏勝と北条一族が城主を継承し、江戸湾方面や房総半島に対する備えとして重要な役割を果たし続けた。1590年(天正18年)の小田原征伐に際しては、当時の城主・北条氏勝が徳川方に包囲されたが、菩提寺・龍宝寺住職の説得により無血開城し、北条氏の滅亡とともにその歴史に幕を下ろした。





