伊達政宗の生涯
伊達輝宗の嫡男。幼名は梵天丸。5歳の時に天然痘で右目を失明。1584年に18歳で家督を継ぎ、わずか数年で南奥州を制覇した。1589年の摺上原の戦いで蘆名氏を滅ぼし、奥州の覇者となる。
1590年の小田原征伐では遅参しつつも白装束で秀吉に謁見し、巧みに臣従。朝鮮出兵にも参加。関ヶ原では東軍に属し、慶長出羽合戦で上杉軍と交戦。
1601年に仙台城を築城し、仙台藩62万石の基礎を築く。1613年には家臣・支倉常長をスペイン・ローマに派遣(慶長遣欧使節)。1636年に70歳で病没するまで、伊達家の繁栄に尽力した。

伊達政宗