宇土城

天正17年(1589)~元和2年(1616)

城名宇土城
所在地熊本県宇土市古城町
築城天正17年(1589)、小西行長
主な城主小西行長
現状宇土城跡公園として整備、堀・石垣の一部が現存

宇土城とは

宇土城は天正17年(1589)、肥後南部三郡24万石を与えられた小西行長が、中世からあった古城の東側に新たに築いた平山城である。「小西城」とも呼ばれる。

行長はキリシタン大名として知られ、宇土城下でも布教を進めたが、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍に与して敗れ、捕らえられて処刑された。

行長の没後、宇土城は隣接する肥後54万石の大名・加藤清正の所領となり、清正はこれを大規模に改修して隠居所とした。清正没後の慶長17年(1612)、加藤家によって廃城となった(幕府の一国一城令はこれより3年後の1615年)。

1589年 小西行長が肥後南部支配の拠点として宇土城を築く
1600年 関ヶ原の戦いで西軍に与した行長が敗れ処刑される
1600年以降 加藤清正の所領となり、隠居所として改修される
1612年 加藤家によって廃城
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小西行長 - 肥後南部を治めたキリシタン大名

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よくある質問

Q. 宇土城は誰が築きましたか?

天正17年(1589)にキリシタン大名の小西行長が、肥後南部支配の拠点として築きました。

Q. 小西行長が処刑された後、宇土城はどうなりましたか?

隣接する加藤清正の所領となり隠居所として改修されましたが、清正の死後、清正没後の慶長17年(1612)に加藤家によって廃城となりました(幕府の一国一城令はこれより3年後の1615年です)。

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