宇土城とは
宇土城は天正17年(1589)、肥後南部三郡24万石を与えられた小西行長が、中世からあった古城の東側に新たに築いた平山城である。「小西城」とも呼ばれる。
行長はキリシタン大名として知られ、宇土城下でも布教を進めたが、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍に与して敗れ、捕らえられて処刑された。
行長の没後、宇土城は隣接する肥後54万石の大名・加藤清正の所領となり、清正はこれを大規模に改修して隠居所とした。清正没後の慶長17年(1612)、加藤家によって廃城となった(幕府の一国一城令はこれより3年後の1615年)。



