筒井城

文献初見 1429年/織田信長の破城令により廃城 1580年

城名筒井城
所在地奈良県大和郡山市筒井町(大和国)
築城/入城など文献初見1429年(永享元年)/1580年 織田信長の大和一国破城令により廃城
主な城主筒井順慶(8代目城主)
現状宅地化が進み遺構はほとんど残らない。付近に城跡碑が建つ

筒井城とは

筒井城は興福寺の衆徒であった筒井氏の居城で、南北400m・東西500mほどの規模を持つ平城だった。文献上の初見は1429年(永享元年)の『満済准后日記』で、当時は「筒井館」と記されている。大和国内で屈指の勢力を誇った筒井氏の本拠として、戦国期の大和における政争の中心地となった。

8代目城主・筒井順慶は幼くして家督を継ぎ、1565年には松永久秀の攻撃を受けて一時炎上したが、後に奪還・再興した。1579年頃には多聞山城の石垣を移すなど改修を進めたが、1580年、大和一国の支配権を確立した織田信長の破城令により廃城となり、順慶は本拠を大和郡山城へ移した。

1429年 『満済准后日記』に「筒井館」として初めて記録される
1565年 松永久秀の攻撃を受け炎上するが、後に筒井順慶が奪還
1579年頃 筒井順慶が多聞山城の石垣を移すなど改修
1580年 織田信長の大和一国破城令により廃城となり、筒井順慶は大和郡山城へ本拠を移す
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ゆかりの武将

8代目城主として長く本拠とした城

1580年の織田信長による大和一国破城令で廃城となるまで、代々の本拠として大和支配の中心を担った。

よくある質問

Q. 筒井城はどんな城ですか?

興福寺衆徒の筒井氏の居城で、大和国有数の平城でした。1429年の文献に「筒井館」として初めて登場し、戦国期の大和における政争の中心地となりました。

Q. 筒井順慶と筒井城の関係は?

順慶は8代目城主として長くこの城を本拠としましたが、1580年の織田信長による大和一国破城令で廃城となり、以後は大和郡山城を本拠としました。

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