筒井城とは
筒井城は興福寺の衆徒であった筒井氏の居城で、南北400m・東西500mほどの規模を持つ平城だった。文献上の初見は1429年(永享元年)の『満済准后日記』で、当時は「筒井館」と記されている。大和国内で屈指の勢力を誇った筒井氏の本拠として、戦国期の大和における政争の中心地となった。
8代目城主・筒井順慶は幼くして家督を継ぎ、1565年には松永久秀の攻撃を受けて一時炎上したが、後に奪還・再興した。1579年頃には多聞山城の石垣を移すなど改修を進めたが、1580年、大和一国の支配権を確立した織田信長の破城令により廃城となり、順慶は本拠を大和郡山城へ移した。



