栃尾城

景虎の入城 1543年頃(天文12年頃)

城名栃尾城(とちおじょう)
所在地新潟県長岡市栃尾
入城1543年頃(天文12年頃)長尾景虎
主な城主上杉謙信(長尾景虎)
現状城山として遺構が現存(史跡整備)

栃尾城とは

栃尾城は、標高228mの鶴城山に築かれた越後の山城で、別名「鶴舞城」とも呼ばれる。1543年(天文12年)頃、父・長尾為景を失った14歳の長尾景虎(後の上杉謙信)が中越地方を鎮撫する郡司としてこの城に入り、青年期を過ごした城として知られる。

1544年(天文13年)、景虎の若さにつけこんで越後の豪族が反旗を翻し栃尾城に攻め寄せたが、景虎は少数の城兵を二手に分け敵本陣の背後を急襲するという戦術で撃退し、これが生涯最初の戦い「栃尾城の戦い」として伝わる。景虎は6年ほど栃尾城に在城したのち、栃尾衆を率いて春日山城へ移り、越後国主としての歩みを本格化させた。

1543年頃 父・長尾為景の死後、14歳の長尾景虎(後の上杉謙信)が中越地方鎮撫のため栃尾城に入城した。
1544年 反旗を翻した越後の豪族に攻められるも、景虎は伏兵で敵本陣を急襲し初陣を勝利で飾った(栃尾城の戦い)。
1548年頃 景虎は栃尾衆を率いて春日山城へ移り、越後国主となった。
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青年期を過ごした人物

よくある質問

Q. 栃尾城とは?

越後の山城で、若き長尾景虎(後の上杉謙信)が郡司として入城し青年期を過ごした城。1544年の栃尾城の戦いで初陣を勝利で飾ったことで知られる。

Q. 栃尾城と春日山城の関係は?

栃尾城は上杉謙信が国主となる前の青年期の拠点で、6年ほど在城した後、越後国主として本拠を春日山城へ移した。栃尾城は謙信にとって旗揚げの地にあたる。

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