洲本城

1526年築城/1585年脇坂安治入城

城名洲本城(すもとじょう)
所在地兵庫県洲本市小路谷
築城1526年(大永6年)、安宅治興
主な城主脇坂安治
現状石垣・天守台が残り、模擬天守が建つ(続日本100名城)

洲本城とは

洲本城は、大永6年(1526年)に三好氏の重臣・安宅治興によって築かれたと伝わる城で、別名を三熊城という。以後、安宅氏が代々城主を務め、淡路水軍を率いる拠点として機能した。

天正9年(1581年)、羽柴秀吉による淡路討伐で安宅氏は降伏し、城は仙石秀久に与えられた。天正13年(1585年)、秀久が讃岐へ転封となると、賤ヶ岳の七本槍の一人として名を馳せた脇坂安治が新たに洲本城主となった。

安治は慶長14年(1609)に伊予大洲へ移るまでの24年間、洲本城に在城し、大規模な改修を行った。文禄・慶長の役で築いた朝鮮の倭城の技術を応用し、山麓から山頂まで続く「登り石垣」を築いたほか天守も整備したとされる。

1526年 安宅治興が洲本城を築いたと伝わる
1581年 羽柴秀吉の淡路討伐により安宅氏が降伏、仙石秀久が入城
1585年 脇坂安治が洲本城主となり、大改修に着手
1609年 脇坂安治が伊予大洲へ転封、洲本城を退去
1928年 模擬天守が建造される
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脇坂安治の洲本城主時代

文禄・慶長の役での経験を活かし、登り石垣など大規模な改修を行った。

よくある質問

Q. 洲本城は誰が築いた城ですか?

大永6年(1526年)、三好氏の重臣・安宅治興が築いたと伝わる。その後、安宅氏の居城として代々受け継がれた。

Q. 洲本城と脇坂安治の関係は?

天正13年(1585年)に脇坂安治が城主となり、慶長14年(1609)に伊予大洲へ転封するまでの24年間在城した。現在残る石垣や登り石垣の多くは、安治による大改修の際に築かれたものとされる。

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