勝龍寺城とは
勝龍寺城は、細川藤孝(幽斎)の居城です。1582年、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れた明智光秀が、居城の坂本城を目指す途中でこの城に一時立ち寄ったことでも知られています(光秀はその後の落ち武者狩りで落命したと伝わります)。
藤孝の居城
| 城名 | 勝龍寺城 |
|---|---|
| 所在地 | 山城国・勝龍寺(現・京都府長岡京市) |
| 主な城主 | 細川藤孝 |
| 出来事 | 1582年、山崎の戦い後に明智光秀が一時入城 |
勝龍寺城は、細川藤孝(幽斎)の居城です。1582年、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れた明智光秀が、居城の坂本城を目指す途中でこの城に一時立ち寄ったことでも知られています(光秀はその後の落ち武者狩りで落命したと伝わります)。
天正6年(1578年)の輿入れ直後、忠興の最初の所領であった勝龍寺城で新婚生活を送ったと伝わる。本能寺の変後はここを離れ、味土野へ幽閉された。
1582年の山崎の戦いで敗れた明智光秀が、坂本城を目指す途中でこの城に一時立ち寄ったと伝わっています。