忍城とは
忍城は文明10年(1478年)頃、成田正等・顕泰父子が築いたと伝わる城で、周囲を沼沢地に囲まれた「浮き城」「亀城」とも呼ばれる要害だった。以後、成田氏の本拠として関東の争乱の中を生き抜いた。
1590年の小田原征伐では、城主・成田氏長が小田原城に籠るため不在となる中、氏長の娘・甲斐姫のほか、城代を務めた氏長の叔父・成田泰季、その死後は泰季の子・成田長親が一族や家臣とともに忍城に残り防戦にあたったと伝わる。甲斐姫自身も自ら武具をまとい奮戦したという。石田三成率いる豊臣方2万余りの大軍による水攻めにも耐え抜き、関東の北条方諸城で最後まで落ちなかった城として知られる。小田原開城の報を受け、同年7月16日に開城した。



