大枝城

1394年(応永元年)

城名大枝城(おおえだじょう、大條城)
所在地福島県伊達市梁川町東大枝
築城応永元年(1394年)頃、伊達宗行(大條氏祖)
主な城主大條(大枝)氏歴代―宗行・宗景・宗元・宗澄・宗助・宗家・宗直
現状本丸跡が整備され土塁・空堀の一部が残存。城域の大半は果樹園となっている

大枝城とは

大枝城は福島県伊達市梁川町東大枝、阿武隈川を望む標高74.3メートルの丘陵に築かれた山城である。応永元年(1394年)頃、伊達氏9代当主・伊達政宗(大膳大夫)の弟・孫三郎宗行がこの地に拠って大枝氏(後の大條氏)を称し、以後歴代にわたって一族の本拠となった。

戦国末期には大條氏当主として大條宗直が城主を務め、伊達輝宗・政宗父子に一門衆として仕えた。しかし天正19年(1591年)、豊臣秀吉の奥州仕置により伊達政宗が岩出山へ移封されると大條氏もこの地を離れることとなり、大枝城は約200年に及ぶ歴史に幕を下ろした。

宗直自身は移封後も伊具郡大蔵や志田郡蟻ヶ袋など各地を転々としたが、大條の名字はこの大枝城に由来する。現在城跡は本丸部分が整備され土塁や空堀の遺構をとどめる一方、城域の多くは果樹園として利用されている。

1394年(応永元年)頃 伊達宗行(孫三郎)が大枝城を築き、大枝氏(後の大條氏)を称する
戦国期 大條氏歴代の居城として伊達家中で一門衆の地位を保つ
天正年間 大條宗直が城主を務め、伊達輝宗・政宗に仕える
1591年(天正19年) 豊臣秀吉の奥州仕置に伴う伊達政宗の岩出山移封により大條氏も退去、大枝城は廃城となる
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大條氏歴代の本拠地

大條宗直は大枝城を本拠とする一門衆として伊達家を支えたが、政宗の岩出山移封に伴いこの地を離れた。

よくある質問

Q. 大枝城の城主は誰ですか?

伊達一門の大條氏(大枝氏)が室町時代の応永年間から戦国末期まで代々城主を務め、天正期には大條宗直が居城としました。

Q. 大枝城はいつ廃城になりましたか?

天正19年(1591年)、伊達政宗が岩出山へ移封されたのに伴い大條氏もこの地を離れ、大枝城は廃城となったと伝えられます。

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