二条御所とは
1565年、室町幕府13代将軍・足利義輝が三好三人衆らに殺害される永禄の変が起こると、弟の義昭は還俗して各地を頼り、最終的に織田信長を頼って1568年に上洛、室町幕府15代将軍に就任した。
翌1569年、信長は義昭の将軍御所として、旧二条城とも呼ばれるこの城郭風邸宅をわずか70日間の突貫工事で築いた。二重の堀と三重の天主を備えた堅固な造りであったが、やがて信長と義昭の関係は悪化し、1573年に義昭が挙兵して敗れ追放されると、御所は取り壊された。
築城 1569年
| 城名 | 二条御所(旧二条城) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市上京区(山城国) |
| 築城/入城など | 1569年(永禄12年)織田信長が築造 |
| 主な城主 | 足利義昭 |
| 現状 | 遺構はほとんど残らず、平安女学院敷地内に石碑が残る |
1565年、室町幕府13代将軍・足利義輝が三好三人衆らに殺害される永禄の変が起こると、弟の義昭は還俗して各地を頼り、最終的に織田信長を頼って1568年に上洛、室町幕府15代将軍に就任した。
翌1569年、信長は義昭の将軍御所として、旧二条城とも呼ばれるこの城郭風邸宅をわずか70日間の突貫工事で築いた。二重の堀と三重の天主を備えた堅固な造りであったが、やがて信長と義昭の関係は悪化し、1573年に義昭が挙兵して敗れ追放されると、御所は取り壊された。
1569年に織田信長が室町幕府15代将軍・足利義昭のために築いた将軍御所です。現在の二条城とは別の城で「旧二条城」とも呼ばれます。
1573年に足利義昭が信長と対立して挙兵し敗れると、義昭は京から追放され、御所は取り壊されました。現在は平安女学院の敷地内に石碑が残るのみです。