味土野女城とは
味土野女城は、京都府京丹後市の山中、標高約400メートルの地にある細川ガラシャ(玉)の隠棲地である。天正10年(1582年)の本能寺の変で父・明智光秀が織田信長を討つと、夫の細川忠興は謀反人の娘となった玉を離縁こそしなかったものの、都から遠く離れたこの地に幽閉した。
史料上は『味土野女城』『味土野城』という名称そのものは見えず、地元で『味土野の女城(めじろ)』と呼び習わされてきた場所である。約2年にわたる幽閉生活の中で、玉は侍女・清原マリアの影響を受けてキリスト教に近づき、のちの受洗・改名(ガラシャ)につながる転機を過ごした地とされる。



