槇島城とは
槇島城は、宇治川と巨椋池が形づくる水系に囲まれた地に、幕府奉公衆の真木島(槇島)氏が築いた城である。
1573年(元亀4年)、織田信長との関係が破綻した室町幕府15代将軍・足利義昭は、真木島昭光を頼ってこの城に籠城し信長打倒の兵を挙げた。しかし信長は即座に上洛して城を包囲し、義昭はほどなく降伏・追放された。これにより室町幕府は事実上滅亡し、槇島城は歴史の転換点として知られる。
1573年 室町幕府終焉の地
| 城名 | 槇島城 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府宇治市槇島町(山城国久世郡) |
| 築城/入城など | 真木島氏の居城/1573年 足利義昭が籠城 |
| 主な城主 | 足利義昭(籠城) |
| 現状 | 遺構はほとんど残らず、住宅地の中に石碑が残る |
槇島城は、宇治川と巨椋池が形づくる水系に囲まれた地に、幕府奉公衆の真木島(槇島)氏が築いた城である。
1573年(元亀4年)、織田信長との関係が破綻した室町幕府15代将軍・足利義昭は、真木島昭光を頼ってこの城に籠城し信長打倒の兵を挙げた。しかし信長は即座に上洛して城を包囲し、義昭はほどなく降伏・追放された。これにより室町幕府は事実上滅亡し、槇島城は歴史の転換点として知られる。
1573年、室町幕府15代将軍・足利義昭が織田信長打倒の兵を挙げてこの城に籠城しましたが、信長軍に包囲されて降伏・追放されました。この敗北により室町幕府は事実上滅亡しました。
遺構はほとんど残っておらず、現在は宇治市槇島町の住宅地の一角に石碑が立つのみです。