小松城

1570年(元亀元年)

城名小松城(こまつじょう)
所在地山形県東置賜郡川西町中小松
築城鎌倉時代頃と伝わる(船山氏による築城)
主な城主船山氏、大町氏、桑折氏、牧野久仲(中野宗時の子)
現状土塁・堀の一部が現存。跡地には新山神社や運動公園が整備されている

小松城とは

小松城は出羽国置賜郡(現在の山形県東置賜郡川西町中小松)に築かれた平城で、鎌倉期には長井氏の家臣・船山氏が拠ったと伝えられる。その後、伊達氏の置賜進出に伴い大町氏や桑折氏など有力家臣が城主を務め、伊達領国支配の要衝の一つとなった。

元亀元年(1570年)、伊達家中で権勢を誇った重臣中野宗時は、当主・伊達輝宗との対立から謀反を企てるが露見し、子の牧野久仲とともにこの小松城に立てこもった。輝宗自ら軍を率いて迅速に攻め寄せたため城はほどなく落城し、宗時・久仲父子は相馬領へと逃亡して二度と伊達家に戻ることはなかった(元亀の変)。

この事件により中野氏・牧野氏は没落し、伊達家中の権力構造は大きく塗り替えられることとなった。小松城はその後も存続したが、天正19年(1591年)頃、伊達政宗の岩出山移封に伴い廃城になったと伝えられる。現在は主郭を囲む土塁や堀の一部が残り、城跡には新山神社が鎮座している。

鎌倉時代 長井氏家臣・船山氏が城を築いたと伝わる
16世紀前半 伊達氏の置賜支配に伴い大町氏・桑折氏が城主を務める
1570年(元亀元年) 中野宗時・牧野久仲父子が伊達輝宗に反旗を翻し小松城に籠城、攻められて落城(元亀の変)
1591年(天正19年)頃 伊達政宗の岩出山移封に伴い廃城になったとされる
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ゆかりの武将

元亀の変で没落した重臣父子

伊達家中随一の勢力を誇った中野宗時は、子の牧野久仲と共にこの城に拠って輝宗に抗ったが敗れ、没落した。

よくある質問

Q. 小松城はどこにありましたか?

出羽国置賜郡、現在の山形県東置賜郡川西町中小松にあった平城です。

Q. 小松城と中野宗時はどのような関係がありますか?

1570年、伊達輝宗に謀反を起こした重臣・中野宗時が子の牧野久仲と共にこの城に立てこもりましたが、輝宗の攻撃を受けて落城し、二人は相馬領へ逃亡しました。

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