岩村城とは
岩村城は文治元年(1185年)、源頼朝の重臣・加藤景廉がこの地の地頭に任じられて築いたと伝わる山城で、霧が生じやすい地形から「霧ヶ城」の異名を持つ。標高717mの山頂に築かれた城郭は、大和の高取城、備中の松山城と並び「日本三大山城」に数えられる。
戦国時代、城主・遠山景任の死後は、その妻でもある織田信長の叔母「おつやの方」が事実上の女城主として城を治めていた。元亀3年(1572年)、武田信玄の命を受けた秋山信友(虎繁)が岩村城を包囲し、おつやの方との婚姻を条件に開城させ、以後は武田方の東美濃支配の拠点とした。
しかし天正3年(1575年)、長篠の戦いで武田勝頼が敗れると、織田信忠らの大軍が岩村城を攻囲した。半年に及ぶ籠城の末、信友とおつやの方は開城・降伏したが、信長の命により長良川河畔で逆磔に処された。



