岩殿城とは
岩殿城(岩殿山城)は山梨県大月市賑岡町の岩殿山(標高634m)に築かれた山城で、郡内地方(都留郡)を治めた小山田氏の詰城として知られる。小山田氏は永正6年(1509)に武田氏の傘下に入り、以後は甲斐と相模の国境を守る要衝としてこの城を維持した。
天正10年(1582)、織田・徳川連合軍による甲斐侵攻に際し、当時の当主・小山田信茂は主君・武田勝頼を岩殿城へ迎え入れる約束をしていたが、土壇場で織田方に寝返り、勝頼一行を城下に入れなかった。行き場を失った勝頼は天目山麓の田野で自害し、武田氏は滅亡した。信茂はその後、織田信忠のもとへ降伏を申し出たが「不忠者」として許されず、甲斐善光寺にて一族もろとも処刑された。



