伊賀上野城

藤堂高虎による大改修 慶長16年(1611年)

城名伊賀上野城(白鳳城)
所在地三重県伊賀市上野丸之内(伊賀国)
築城天正13年(1585年)筒井定次が築城、慶長16年(1611年)藤堂高虎が大改修
主な城主筒井定次 → 藤堂高虎
現状高石垣が現存。天守は昭和10年(1935年)に木造で復興

伊賀上野城とは

伊賀上野城は、伊賀国(現在の三重県伊賀市)に築かれた平山城である。天正13年(1585年)、豊臣秀吉によって伊賀国に入った筒井定次が最初の城を築いたのがはじまりとされる。

慶長13年(1608年)、伊予今治から伊勢・伊賀32万石余りに転封となった藤堂高虎が伊賀国主となり、大坂の豊臣氏に備える拠点として慶長16年(1611年)正月から本丸の大改修に着手した。西面には高さ約30メートル、日本有数の高さを誇る高石垣が築かれたが、建設中の慶長17年(1612年)に暴風で天守が倒壊し、以後天守は再建されなかった。現在の天守は昭和10年(1935年)に地元の川崎克によって木造で復興されたものである。

1585年 筒井定次が伊賀国主となり、上野に城を築く
1608年 藤堂高虎が伊勢・伊賀の領主として転封となる
1611年 高虎、本丸を西に拡張し高さ約30メートルの高石垣の普請を開始
1612年 建設中の天守が大暴風により倒壊。以後天守は再建されず
1615年 大坂の陣。西国大名への備えとしての伊賀上野城の役割が意識される
1935年 川崎克により木造三重の模擬天守が復興される
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よくある質問

Q. 伊賀上野城とは?

伊賀国(三重県伊賀市)にあった城。天正13年(1585年)に筒井定次が築城し、慶長16年(1611年)に藤堂高虎が本丸を拡張して高さ約30メートルの高石垣を築いた。

Q. 伊賀上野城の高石垣はなぜ有名?

藤堂高虎が築いた本丸西面の高石垣は高さ約29.7メートル、大坂城と並び称されるほどの高さを誇り、日本の城郭史上屈指の石垣として知られている。

Q. 伊賀上野城の天守はいつのもの?

築城中の慶長17年(1612年)に暴風で倒壊して以来、江戸期を通じて天守は再建されなかった。現在見られる天守は昭和10年(1935年)に木造で復興されたものである。

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