月山富田城とは
月山富田城は、出雲国を本拠とした尼子氏代々の居城です。1486年に尼子経久が実権を握ると戦国大名として勢力を拡大し、孫の晴久の代には山陰・山陽八ヶ国の太守と称されるまでになりました。天然の要害を利用した難攻不落の山城として知られます。
山中鹿介幸盛は、この月山富田城の城下に生まれたと伝わります。1565~66年、毛利元就による長期の攻囲の末に月山富田城が開城し尼子氏が滅亡すると、鹿介は主家再興を誓い、「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と月に祈ったという逸話で知られます。1569年には尼子勝久を擁する再興軍を率いて出雲に上陸し、一時は月山富田城を包囲して城将を降伏させましたが、受け取りの際に謀られて奪還はならず、翌1570年には布部山の戦いで毛利軍に敗れ再興は潰えました。





