長光寺城

勝家の入城 永禄11年(1568年)

城名長光寺城(瓶割城)
所在地滋賀県近江八幡市(近江国)
築城応仁2年(1468年)ごろ 六角政堯
主な城主六角政堯、柴田勝家
現状瓶割山に石垣・曲輪跡などの遺構が残る

長光寺城とは

長光寺城は、近江国(現在の滋賀県近江八幡市)にあった山城で、応仁2年(1468年)ごろ、近江守護であった六角政堯が、対立する従兄弟・六角高頼の観音寺城に対抗するために築いたとされる。

永禄11年(1568年)、織田信長が足利義昭を奉じて上洛する際、観音寺城の戦いで六角承禎・義弼父子を破って近江を制圧すると、周辺を抑える城として柴田勝家を長光寺城に入れた。翌永禄12年(元亀元年、1570年)、勢力回復を図る六角承禎がこの城を攻囲すると、水の手を断たれた勝家は残り少ない水を兵に分け与えたのち水瓶を割り捨て、決死の覚悟で城を打って出て六角勢を打ち破ったと伝わる。この逸話から勝家は「瓶割り柴田」の異名で呼ばれるようになった。

応仁2年(1468年)ごろ 六角政堯が観音寺城に対抗して長光寺城を築く
永禄11年(1568年) 織田信長の上洛戦で観音寺城の戦いに敗れた六角氏が近江を追われ、信長方の柴田勝家が長光寺城に入る
元亀元年(1570年) 六角承禎が長光寺城を攻囲。勝家は水瓶を割って決死の出撃を行い、六角勢を打ち破る(「瓶割り柴田」の逸話)
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よくある質問

Q. 長光寺城とは?

近江国(現在の滋賀県近江八幡市)にあった城で、織田信長方の柴田勝家が城主を務め、六角氏の攻囲を退けた「瓶割り柴田」伝説の舞台として知られる。

Q. 「瓶割り柴田」とはどんな逸話?

六角承禎に水源を断たれて籠城していた柴田勝家が、残り僅かな水を兵に分け与えたのち水瓶を割り捨て、後がない決死の覚悟で打って出て六角勢を撃退したという逸話。

Q. 長光寺城は誰が築いた?

応仁2年(1468年)ごろ、近江守護の六角政堯が従兄弟・六角高頼の観音寺城に対抗して築いたとされる。

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