菩提山城とは
菩提山城は、美濃国(現在の岐阜県不破郡垂井町)にあった山城で、標高401メートルの菩提山に築かれた西美濃屈指の規模を誇る山城である。永禄元年(1558年)、竹中重元がこの地の土豪・岩手弾正忠信冬を追放し、翌永禄2年(1559年)に城を再構築したのが始まりとされる。
重元は永禄3年(1560年)に病没し、子の竹中重治(半兵衛)が家督と城主の座を継いだ。竹中半兵衛はこの菩提山城を本拠としながら、はじめ美濃斎藤氏に仕え、のちに織田信長、さらに豊臣(羽柴)秀吉の軍師として活躍したことで知られる。半兵衛は天正7年(1579年)、秀吉に従った三木城攻めの陣中で病没し、子の竹中重門が家督を継いだ。重門はのちに山麓へ居館(竹中氏陣屋)を移し、天正16年(1588年)ごろ菩提山城は廃城になったとされる。



