黒ひげはどんな人物?
黒ひげは、18世紀初めのカリブ海と北米沿岸で活動した海賊です。本名はエドワード・ティーチまたはサッチと記録されますが、前半生はほとんど分かりません。大型船クイーン・アンズ・リベンジを率い、港を封鎖するほどの力を見せた一方、海賊として確実に追える期間はおよそ二年です。[1][2]
- 奴隷船を奪い、大型の旗艦に変えたフランス船ラ・コンコルド号を奪い、クイーン・アンズ・リベンジと改名して船団の中心にしました。
- 港を封鎖して薬箱を要求した1718年、チャールストン沖で船と人質を押さえ、病気の船員を治す薬を町へ要求しました。
- 海賊として追える期間は約二年確認できる活動は短い一方、ひげに導火線を差した恐ろしい姿は死後の本から広まりました。
基本情報
- 活動期
- 主に1717〜1718年
- 主な海域
- カリブ海、北米大西洋岸
- 旗艦
- クイーン・アンズ・リベンジ
目次
黒ひげは、何をして名を残した?
旗艦の獲得、港の封鎖、最後の戦いまで、確認できる出来事を追います。
奴隷船を奪い、大型の旗艦に作り替えた
1717年11月、黒ひげの一団はフランス船ラ・コンコルド号をマルティニーク島の近くで奪いました。この船は西アフリカから奴隷にされた人々を運んできた船で、黒ひげはクイーン・アンズ・リベンジと改名し、自分の旗艦にします。華やかな海賊船の始まりには、大西洋奴隷貿易の歴史がありました。[2]
大型船と複数の船を従えた姿は、商船に抵抗を諦めさせる力になります。海賊にとって戦闘は自分たちの船員や船も失う危険があるため、相手が恐れて降伏する評判そのものが武器でした。黒ひげという名と旗艦の大きさは、その効果を高めました。[1][2]
チャールストン沖を封鎖し、薬箱を要求した
1718年5月、黒ひげの船団は現在のサウスカロライナ州チャールストン沖で、港へ出入りする船を次々に止めました。船の乗客と乗組員を人質にし、町へ要求を届けさせます。海賊が一隻の商船を襲うだけでなく、植民地の重要な港を一時的に動けなくした事件です。[1][2]
要求したのは金貨だけではなく、病気の船員を治すための薬箱でした。薬を受け取ると人質を返し、船団は北へ向かいます。残酷な戦闘を重ねるより、港全体へ圧力をかけて必要なものを得る方法に、黒ひげが評判と組織力を使った様子が表れています。[2]
旗艦を失った半年後、オクラコークで倒れた
チャールストンを離れた船団は、1718年6月にノースカロライナの浅い入り江へ向かいます。大型のクイーン・アンズ・リベンジは砂州に乗り上げ、救助に向かった別の船も座礁しました。黒ひげは小型船へ移り、一部の乗組員を残して去ります。事故だったのか、仲間を減らす意図があったのかは断定できません。[2]
同年11月22日、バージニア植民地総督が送った部隊を率いるロバート・メイナード海軍大尉が、オクラコーク入り江で黒ひげを襲います。激しい接近戦の末に黒ひげは死亡し、首は賞金の証拠として持ち帰られました。巨大な伝説とは対照的に、確認できる海賊活動は短期間で終わります。[1][2]
さらに詳しく知る
本名と出自の不確かさ、史実から広がった恐ろしい海賊像を分けて見ます。
本名も出身地も、一つには決められない
黒ひげはエドワード・ティーチとよく呼ばれますが、同時代の文書にはサッチ、タッチなど異なる綴りがあります。出身地もブリストルと推測される一方、ジャマイカ、ロンドン、フィラデルフィアなど別の説があり、確実な出生記録へ結びついていません。[2]
海賊になる前にアン女王戦争の私掠船員だった可能性もあります。私掠船は政府の許可で敵国船を襲う民間船です。戦争が終わると同じ航海技術や武器を持つ船員の仕事が減り、一部が海賊へ移る背景がありましたが、黒ひげ個人の前半生は慎重に扱う必要があります。[2]
燃える導火線の姿は、死後の本から広まった
長い黒ひげへ火のついた導火線を差し、煙の中から現れたという姿は、黒ひげの死から六年後の1724年に刊行された『海賊史』で有名になりました。同時代に近い重要な資料ですが、読者を驚かせる劇的な書き方も含みます。[1][3]
一方、フランス船側の証言や植民地当局の手紙、海底から見つかった船の遺物は、航海や武装を別の角度から確かめられます。黒ひげを知るときは、煙をまとう怪物のような肖像と、船・日付・裁判記録で追える人物を分け、両者がどう重なって伝説になったかを見ることが大切です。[2][3]
黒ひげが登場する作品
作品ごとの登場人物や設定を紹介します。
出典・参考資料
本文の注番号から、根拠にした資料を確認できます。
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1
Edward Teach: The Pirate Blackbeard ↗ National Museum of American History, Smithsonian Institution · 博物館解説
黒ひげの活動、チャールストン沖での身代金要求、1718年の戦死、1724年の書物に由来する外見の伝承を確認。
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2
Queen Anne's Revenge (C-86) ↗ North Carolina Department of Natural and Cultural Resources · 州政府・海底考古学解説
ラ・コンコルド号の拿捕、クイーン・アンズ・リベンジへの改名、座礁、黒ひげの名の表記揺れと不明な出自を確認。
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3
A General History of the Pyrates (1724) ↗ Smithsonian Libraries and Archives · 同時代に近い刊行物の所蔵記録
黒ひげ、アン・ボニー、メアリ・リードの後世像に大きな影響を与えた1724年刊行物。著者帰属と脚色に注意して使用。
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