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1720年ごろの実用的な船員服で帆船に立つアン・ボニーを表した独自制作イメージ。

バハマ・カリブ海 · 海賊

アン・ボニー

Anne Bonny

Codex ImageGen による独自制作イメージ。実在人物の肖像を再現したものではありません。

アン・ボニーはどんな人物?

アン・ボニーは、1720年にカリブ海で海賊ジョン・ラカムの一味に加わった女性です。仲間のメアリ・リードとともに船上で武器を持つ姿を目撃され、捕らえられた後は海賊行為で有罪となりました。生い立ちや裁判後の人生には不確かな話が多く、確実な記録と後世の伝説を分けて読む必要があります。[1][2]

  • 小型船ウィリアム号を奪って出航した1720年、ジョン・ラカムやメアリ・リードらと船を奪い、バハマからジャマイカ周辺を航海しました。
  • 武器を持つ姿が裁判で証言された商船の乗客は、ボニーが男性用の上着とズボンを着て、刀や銃を持っていたと証言しました。
  • 妊娠で刑が延期され、その後は不明有罪判決後に処刑は延期されましたが、釈放や晩年を確実に示す記録は見つかっていません。

基本情報

活動が確認できる年
1720年
主な海域
バハマ、キューバ、ジャマイカ周辺
主な仲間
ジョン・ラカム、メアリ・リード
目次

アン・ボニーは、記録の中で何をした?

船の奪取、短い海賊航海、捕縛と裁判を、確認できる順に追います。

ラカムの一味に加わり、船ウィリアム号を奪った

アン・ボニーは、海賊や私掠船員が集まるバハマのニュープロビデンス島で、ジョン・ラカム、通称『キャリコ・ジャック』と出会います。ラカムは一度は国王の恩赦を受けていましたが、再び海賊行為へ戻りました。[1]

1720年8月、ラカム、ボニー、メアリ・リードらは港にあった小型船ウィリアム号を奪って出航します。大きな軍艦を率いる有名海賊とは違い、小さな船で島々の近海を回る短い航海でしたが、総督の布告にはボニーとリードも一味として名を記されました。[1][2]

物語に登場する相手とのつながりを、役割ごとに整理しました。名前を選ぶと関係する逸話へ移動できます。

アン・ボニー海賊

ともに航海した人物

ジャマイカ沖で捕らえられ、仲間と裁判へ送られた

一味はバハマ、キューバ周辺を航海した後、ジャマイカ西部のネグリル沖へ進みます。そこで総督に雇われたジョナサン・バーネットの船に発見され、短い戦いの後に捕らえられました。ラカムら男性の裁判が先に行われ、死刑判決を受けます。[1][2]

ボニーとリードの裁判は1720年11月28日に別に開かれました。商船の女性乗客ドロシー・トーマスらは、二人が男性用の上着や長いズボンを着て、刀や銃を持ち、一味と行動していたと証言します。裁判所は二人を海賊行為で有罪としました。[1]

  1. 1
    船を奪う

    ラカムらとウィリアム号を奪い、海へ出る。[2]

  2. 2
    短い航海

    バハマからキューバ、ジャマイカ周辺で船を襲う。[2]

  3. 3
    捕縛

    ネグリル沖でバーネットに捕らえられる。[1]

  4. 4
    裁判

    目撃証言を受け、海賊行為で有罪となる。[1]

妊娠で処刑は延期されたが、その後は分からない

有罪判決の後、ボニーとリードは妊娠していると申し立てます。医師が確認したため、出産まで死刑の執行は延期されました。これは無罪になったという意味ではなく、当時の法手続きによる刑の猶予です。[1]

メアリ・リードは翌年、獄中で病死した記録があります。一方、アン・ボニーがいつ、どのように釈放され、その後どこで暮らしたかを確実に示す記録は見つかっていません。父の助力で帰郷し長生きしたという話もありますが、確認できる裁判史料の先に推測を足して断定はできません。[1]

さらに詳しく知る

男性服のイメージ、生い立ち、その後の人生について史料の届く範囲を整理します。

『男装して正体を隠した』だけでは説明できない

裁判証言には、ボニーとリードが戦う場面で男性用の上着とズボンを着ていたことが残ります。ただし、常に男性として身分を隠していたとまでは同じ記録から分かりません。船上で動きやすい実用的な服を選んだ可能性もあります。[1][2]

後世の絵や映像は、二人を派手な帽子や体の線が目立つ衣装で描いてきました。史実に近づくには、魅力的な海賊衣装より、誰がどの場面を見て何を証言したかを先に見る必要があります。分かっているのは、二人が船上で武器を持ち、仲間と同じ危険を負ったことです。[2][1]

詳しい生い立ちは、死後に近い読み物から広まった

アイルランド生まれ、弁護士の父の子、気性の激しい少女だったという詳しい生い立ちは、主に1724年刊行の『海賊史』と、それをもとにした後世の伝記から広まりました。事件から近い本ではありますが、読ませるための劇的な場面も多く、裁判記録と同じ重さでは扱えません。[3][1]

そのため、アン・ボニーの記事では、1720年の布告と裁判で確かめられる行動を中心に置き、生い立ちや晩年は伝承として分けます。記録が少ないことは人物が重要でないという意味ではありません。少ない記録からどのように『自由な女性海賊』像が作られたかも、彼女が創作へ与えた影響の一部です。[1][2][3]

アン・ボニーが登場する作品

作品ごとの登場人物や設定を紹介します。

出典・参考資料

本文の注番号から、根拠にした資料を確認できます。

  1. 1
    The Life and Trial of Anne Bonny ↗ Law Library of Congress · 公的図書館・裁判史料解説

    1720年の拿捕、裁判証言、有罪判決、妊娠による刑執行延期と、その後の記録が不確かなことを確認。

  2. 2
    Anne Bonny and Mary Read — Real pirate histories ↗ Royal Museums Greenwich · 国立海事博物館解説

    ウィリアム号の奪取、ジャマイカ沖での捕縛、実用的な船員服と後世の派手な像の違いを確認。

  3. 3
    A General History of the Pyrates (1724) ↗ Smithsonian Libraries and Archives · 同時代に近い刊行物の所蔵記録

    黒ひげ、アン・ボニー、メアリ・リードの後世像に大きな影響を与えた1724年刊行物。著者帰属と脚色に注意して使用。

  4. 4
    ジュエリー・ボニー — キャラクター検索 ↗ ONE PIECE.com · 作品公式情報

    ボニー海賊団船長で『最悪の世代』に数えられ、トシトシの実の能力を持つことを確認。

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