劉備と孫権はどんな関係?
劉備と孫権は「同盟」として語られる関係です。個人の選択だけでなく、蜀と呉のあいだの政治と軍事の動きにも影響しました。
それぞれの人物像
中山靖王・劉勝の末裔を称し、漢室復興を旗印に乱世を駆けた蜀漢の初代皇帝。関羽・張飛と桃園の誓いを結び、諸葛亮を三顧の礼で迎える。赤壁の勝利後に荊州・益州を得て蜀漢を建国したが、夷陵の大敗後に白帝城で没した。
呉の初代皇帝。父・孫堅、兄・孫策の遺業を継ぎ、江東を守り抜いた。赤壁の戦いで曹操を退け、夷陵の戦いでは劉備を大破。外交と内政を巧みに操り、呉を三国の一角として長く存続させた知略の君主。
三国志の流れで見る
蜀の劉備と呉の孫権の「同盟」は、勢力を越えた三国志の力関係を映し出します。両者がぶつかった、あるいは交わった合戦とあわせて読むと、蜀と呉の間の緊張がより立体的に見えてきます。