文禄・慶長の役

1592年〜1598年

戦名文禄・慶長の役
時期1592年〜1598年
場所朝鮮半島
結果撤退(秀吉の死去により終結)

戦の詳細

豊臣秀吉による二度の朝鮮出兵。加藤清正は虎退治の逸話でも知られる。島津義弘は泗川の戦いで大活躍。秀吉の死により撤退した。

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各武将の戦術

加藤清正

先鋒として快進撃。虎狩りの逸話が残る。

島津義弘

泗川の戦いでわずか7千で明・朝鮮連合軍を撃退(敵兵力は20万とも伝わるが、誇張とする見方が有力)。

黒田官兵衛

軍監として渡海し、戦略面を支える。

小早川隆景

碧蹄館の戦いで明軍を撃破。

立花宗茂

碧蹄館の戦いで先鋒として奮戦し「西国無双」の名を不動に。

石田三成

戦線の兵站・補給を担当する奉行として渡海。

毛利輝元

総大将格として渡海するも、主に後方支援や築城を行う。

小早川秀包

立花宗茂と共に碧蹄館の戦いで活躍。

黒田長政

第三軍の大将として渡海し、各地を転戦。

小西行長

先鋒として渡海し漢城を攻略。外交交渉でも活躍。

加藤嘉明

水軍を指揮し海戦で活躍。

脇坂安治

水軍の将として渡海。李舜臣の水軍と交戦。

細川忠興

秀吉の命で渡海し、各地の戦いに参加。

片倉小十郎

伊達政宗の参謀として渡海し、作戦指揮を担当。

鍋島直茂

肥前の兵を率いて渡海。各地で武功を挙げる。

伊達成実

政宗の従兄弟として渡海し、各地の戦いで奮戦。

浅野長政

五奉行の一人として兵站・行政面を統括。

参戦武将

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